1月13日、愛知県豊田市に飛んだ。

公益財団法人オイスカの理事会に”パキスタン代表” (オブザーバーだけど・・・)として参加したのだ。
なぜかというと、パキスタンで日本語学校を運営するにあたり、当団体とそのメンバーである菅沼千鶴先生のご協力を得ているからだ。一介の大学生には発想力と行動力はあっても、知識・経験・権威がないからね。先達はあらまほしきものかな。

今回、理事会にただ参加してきたわけではなく、一つの提案書を持って行った。各主要都市にオイスカ日本語学校を出すというものだ。
今はラホールにしかないが、これをイスラマバード、ラーワルピンディ、ペシャワル、シアルコート、カラチに広げようと考えている。
ありがたいことに学校や事務所となる建物を貸してくれる人や日本語教師に名乗り出るパキスタン人の先生が続々出てきていて、入学希望者も200名を余裕で超えている(しかも毎日2~5名増え続けている)。ちゃっちゃとやりたいところなんだけれど、急いては事を仕損じるということなので、しっかり上の許可をとりつけてから開始しなければならない。
 
何より教育は人の一生に影響を及ぼすものなので、内容を決めるにあたってはよく考えないといけない。一方で、ずっと遅らせるのも良くない。最近、このあたりで悩んでいてハゲそう。
いやもうハゲてるけど(笑)

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